赤坂檜町テキサスハウス~1号室~
舞台「赤坂檜町テキサスハウス」の
幕が下りた

とにかく凄い作品だったなと
*****ネタバレあります*****
子どもの頃
テレビで見ていた永六輔さん
しゃべり方が印象的な
有名な作詞家さんで
”遠くへ行きたい”と”浅田飴”の人
というイメージしかなかった
懐かしき古き良き昭和を語る
青春群像劇かと思っていたけど
違いましたね
戦争が遺した傷跡
敗戦を経て一変した価値観
テレビに対する否定的な感情
介護をする人される人の想い
さまざまな家族の物語
わずか2時間の間に
これ以上のものを詰め込んで
永六輔という人の
人生に乗せて語っていく
さらに笑いと泣きの緩急もあり
なんだか宝石箱のような作品だと
というか完璧なパズルでしょうか
すべてのピースが
綺麗にハマって
無駄なものがない
観終わったとき
すべてがストンと
自分の中に落ちた気がした
作品によっては
結末を観客にゆだねる
終わり方のものもあるけれど
この作品は
今、この人の人生は終わったんだな
もう変わることはないんだなって
あと味スッキリ
とはいえ、
とても考えることの
多い作品でもありました
特に戦争
戦争は残酷で
不幸しか生み出さない
日本は戦争を放棄した国家である
それが私たちの常識
「俺たちは鬼畜米英で育った。
それが戦争に負けた途端に
”ギブミーチューインガム”だ」
この言葉が突き刺さった
私たち戦後生まれにとっては
戦争は
歴史の中の一つの出来事で
戦争が終わって
平和になってよかった
と思っていた
でも
その時代に生きた人たちにとっては
今まで信じてきた常識が
一気にくつがえることを
受け入れざるを得なかった
とも言える
命を懸けて戦っていた相手に
尻尾を振る大人たちの姿に
心がついていかなかった
人たちもいただろう
作品は違うが
映画「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」では
"戦争に負けたら
皆がどのような扱いをされるか
わからない。
だから逃げない。"
と
大切な人たちを守るために
若者たちは命を散らした
彼らは
敗戦後の日本人が
”ギブミーチューインガム”と
憎き米英に
笑顔を振りまく様子を
想像しただろうか
そして生き残った人たちは
その自分たちの姿を
命を散らした人たちへの想いを
どう咀嚼して飲み込んだのだろうか
芦田さん、大竹さんの
笑顔の後ろ側に
苦しみが見え隠れする
結局
"常識"とか言うけれど
永遠に変わらないものなどはなく
人はいろんなものを受け入れて
変わりながら生きていく
この流れは
日韓/日朝関係の物語にも繋がっていく
昭和30年代
韓国で日本の歌が流れることはなかった
日本と韓国の間には深い溝があった
でもこの令和の時代では
日本はK-POPや韓流ドラマで埋め尽くされ
お互いの国を
当たり前のように行き来して
相手の文化をリスペクトしている
のぼるは
「そんな時代が来るわけあるかい」
と言ったけれど
50年後には
そんな時代が来ているのです
永六輔という人は
多感な年齢で終戦を迎え
価値観がどんどん変化してゆく
時代を生きた
その変化の中でも
一環して
戦争反対を唱え続けた
常識は
いつでも覆ることがあることを
知っている人が叫ぶ
"戦争反対"
の言葉は重い
日本で
戦争が始まる日が
来るかもしれない
事実として
この世界では
今も戦争は起こっている
他人事ではなく
その危機感を持ち続けることが
大切だと思う
そしてすべてのものは
変わっていくけれど
変わらないものが
一つだけあることも
知っている
"死"
この作品には
いたるところに
"死"が散りばめられている
決して避けることはできず
人は皆
そこに向かって
歩み続けている事実を
粛々と語る
戦争で亡くなった人たちは
”ギブミーチューインガム”とは言わないし
プレスリーは聴かない
九さんは
八大さんと永さんの作った新曲を
歌うことはない
死を迎えたあとは
変わることはないのです
変わるものと変わらないもの
楽しみも喜びも
悲しみも腹立たしさも
虚しさも
全部ひっくるめて
死を迎える瞬間までが
人生
それでおしまい
"死んだ人と出会っても
向こうは気づかない
それが死ぬってことなんだ"
その言葉に涙が止まらなかった
とても寂しいけれど
だからこそ
人は
生きて生きて生き抜いて
最後は昇華のときを
むかえるのだろうか
しあわせだったよ〜と
笑顔で旅立つことができるよう
そしてちょっとは
寂しがってくれる人が
いてくれるよう
思い出してくれる人が
いてくれるよう
毎日がんばって生きていこう
永六輔さんの大ベストセラー
『大往生』
読んだことはないのだけれど
読んでみたくなりました
まだまだ語りたいので
続きます