舞台「赤坂檜町テキサスハウス」
幕が下りてあっという間に
1ヶ月経ってしまいましたが
まだまだ余韻が残っているので
つれづれます

舞台上を駆け回っていたのは
昇くん
テンション高くて
ズケズケと踏み込んでくる
一見厚かましくて無神経に見える男性
声も大きくて自分の意見を
簡単には曲げない
だから信用できる
でも
その明るさは太陽のようとは
少し違う
奥さんに逃げられ
仕事もなかなかうまくいかなくて
ちょっと
卑屈なところもある
その根っこには
人種差別があった
他人の背広で生きている
朝鮮人では
夢の入口に立つ資格すら
手に入らない
違う国の
違う人間として
生きなければ夢を追えない
正直なところ
想像では
追いつけない感覚だと思う
5歳で日本に来て
言葉も日本語の方が理解できる
脳内で考えるときの言葉は
きっと日本語
でも
流れる血は朝鮮人
朝鮮人としての
誇りがあるのに
それを隠さなくてはならない
アイデンティティの形成
とか言われるけれど
祖国とは違う国で育ち
素性を隠して
別人の名前で暮らす
自分が何者なのか
わからなくなりそう
昇くんは
ずっと迷っていたのだと思う
我が子たちにも
同じ想いをさせて良いのか
そして運動会の日
見上げた空に
想いを馳せたのは
故郷の空だった
病を得て遠国に暮らす父
母親を失った子どもたち
自分が支えなくてはならない
昇くんは
必死でがんばってきた
でも
一人で膝を抱えて
空を見上げる昇くんに
彼を支えてくれる人は
誰もいない
そう見えて
涙が止まらなくなった
故郷の空なら
彼を包み込んでくれそうで
だから彼も帰りたいと
思ったのかもしれない
きっと六輔くんは
一番近いところで
昇くんを理解していたと思う
それでも
超えられないものがあったのかな
六輔くんは
仕事が順調になった昇くんに
朝鮮人ということを
公表するよう勧めた
他人の背広を着て過ごす
昇くんの苦しみをわかっていたから
でも昇くんは
六輔くんが思うよりも
世間の波は荒いと返した
私も昇くんの意見に
賛成
世間も人もそんなに甘くない
でも
だから六輔くんは
昇くんを送り出したのかな
朝鮮人として
生きられるように
自分の名前で
生きられるように
"国"って地球からみると
人間が作り出した
ただの境界線
それなのに
"国"があるゆえに
戦争が起こり差別ができる
そして人は
その"国"にこだわる
それは
言語のせいなのか
文化のせいなのか
遺伝子のせいなのか…
もういろいろありすぎて
わからないけれど
でもざっくり
"みんな地球人なんだから
一緒だよね"
とは
私は言えない
きっとみんな
こころのどこかで
自分の生まれたルーツを
大切にしていると思う
故郷に帰った昇くんの
消息は絶たれた
あの時代
こうなることはわかっていた
だから
夢で逢えたら
それでいいじゃないかって
言ったんだよね
二人の道は
離れてしまったけれど
テキサスハウスで
過ごした思い出は
消えないから
くだらない話に笑い合い
肩を組んで
"上を向いて歩こう"
を歌った日々
人生はさよならで
あふれているけれど
さよならがあるということは
出会いがあったということ
そしてこれからも
出会いはある
六輔くんが語ったように
テキサスハウスは
まさに彼らの青春そのもの
それを垣間見せてもらって
自分の青春時代も
少し思い出しました
余談ですが
昇くんのモデルとなった方の
息子さんは医師だそうです
昇くん
立派に子どもたちを
育て上げたんだね
がんばったんだね









